ジハンギル地区の急な坂道を下っていると、向こうから肩で息をしながら上ってくる若者とすれ違いました。私の足元にあるのは、滑り落ちそうなほどの軽快な下り。けれど彼にとっては、一歩一歩が重い試練。ふと振り返ると、同じ石畳がただ、夕陽に照らされて黙ってそこにありました。
「上り坂と下り坂は、一つの同じ坂である。」―ヘラクレイトス
日常を黄金に
ある時は心臓を叩くような苦しさを感じ、ある時は風を切るような自由を感じる。そのどちらも、実はまったく同じ「道」の上の出来事なのですよね。
私たちが「今は辛い上り坂だ」とか「今は楽な下り道だ」と意味をつけるずっと前から、道はただ、そこに美しく存在しています。足が重い時も、心が軽い時も、私たちはただ同じ一つの豊かな物語の中を歩いているだけ。そう思うだけで、石畳を叩く靴の音が、少しだけ優しく響き始めるような気がしませんか。



