石畳の坂道を歩いていると、前を行く初老の男性がふと足を止めました。彼の視線の先、埃っぽい地面には、誰かが落としたであろうパンの欠片が落ちていました。彼は腰をかがめてそれを拾い上げ、丁寧に汚れを払うと、誰にも踏まれないであろう塀の少し高いところに、そっと置いたのです。
「もったいない」―ワンガリ・マータイ
日常を黄金に
トルコでは、パンのことを「エメッキ(Ekmek)」と言い、それは同時に「労力」や「神様からの恵み」をも意味する特別な言葉です。だからこそ、地面に落ちたパンを土足で踏まれる場所に放置することは、その糧に込められた命や働きへの冒涜だと感じるのでしょう。
これは、日本人がお米の一粒一粒に神様が宿ると信じ、決して粗末にしない心と深く通じ合っています。「もったいない」という言葉は、単なるケチや節約ではありません。それは、目の前にあるすべての物、時間、そして人との縁に宿る「聖なる価値」を見出し、その命を最後まで全うさせようとする、深い慈しみと敬意の表明なのです。
あなたが日々の暮らしの中で、使い捨てにされがちな小さな物や、過ぎ去っていく時間に「もったいない」という眼差しを向けるとき。その瞬間、あなたの手の中にあるものは単なる物質であることをやめ、かけがえのない輝きを放つ「黄金の種」へと変わっていくはずですよ。



